ザ・ブルーハーツ登場

僕がまだ小学四年生だったある日。
宿題も手付かずの日曜の夕方だったか。
居間のテレビでは若者向けの音楽番組が流れていて、
となりには五つ年の離れた兄貴と夕飯を作り終えたばかりの母が座った。
若者というには幼すぎる当時の僕は裏番組のアニメが見たかったが、
すでに若者になりかけていた兄貴の意見には逆らえず、
仕方なくそのテレビ画面に目を向けていた。
僕にとってその頃、音楽と言えば
マッチであり、少年隊であり、そしてチェッカーズであった。
けれどもその音楽番組にはマッチも少年隊もあらず、
なんかよく分からないけどちょっとトッポそうな普段着のお兄ちゃん達が四人現れた。
兄貴と母親が会話を始める。
「この人たち頭おかしいのかな?」
「特に歌うこの人なぁ」
「普通ではないんじゃない?」
テレビ画面に大きく曲名らしきものが現れ、
その右下に「作詞作曲甲本ヒロト」の文字が浮かび上がる。
「作詞作曲してるってことは頭おかしくはないんだな」
「どう見ても普通じゃないけど」
「ただ変な人ってことか」
えっ、何が始まるんだろう。この人達を僕は知らない。
兄貴と母は知っていて、この四人組を、特に真ん中の人を変な人だと言っている。
確かに少し挙動が怪しいには怪しいが・・・・何が始まるんだろう。
チャァンチャァンチャァンチャァン・・・・ギターの音。
僕の胸は次第に高鳴る。何かが始まりそうな予感・・・・僕の中で。
「ドーブネズミみたいに美しくなりたい
 写真には写らない美しさがあるから」
ドブネズミが美しい?僕の知っている教科書や歌はドブネズミが美しいとは決して言わなかった。
先生やその他大勢の大人の人の口からドブネズミという単語すら聞いたことがないような気がした。
何かスゴイ歌詞・・・・なんかよく分かんないけどメチャクチャカッコイイ。
そしてサビと思われる部分、「リンダ」の連呼。
変な人は頭を振り、舌を出し、ピョンピョン飛び跳ねている。
僕が知っている音楽のカッコ良さとは、少年隊のそろったダンスであり、
チェッカーズの髪型にステップだった。
この人達は何もそろっていない。メチャクチャに見えた。
好き放題、やりたい放題。
とても当時の僕にはこの四人組が歌う人達には見えない・・・・見えないがメチャクチャカッコイイ。
「もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら
 そんな時はどうか愛の意味を知ってください」
メチャクチャカッコイイ。何だこれ・・・・カッコ良すぎる。
「愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない
 決して負けない強い力を僕は一つだけ持つ」
彼らが歌い終わり画面から去る。
口を開けたままの僕は少し放心状態の後、
ドブネズミは美しいのかもしれないと思った・・・・ドブネズミはきっと美しいと。
僕の人生に、ザ・ブルーハーツが登場した日のことでした。