村上春樹を知らないなんて・・・・・

この世で最も不幸なことのうちの一つは、「村上春樹の小説を読んだことがない」ということではないだろうか。「何を大袈裟な」という声が聞こえてきそうだが、村上春樹の小説を読んだことがある人ならば少しは分かるはず。大ファンならば、彼の小説がない人生は考えられないはず、それはまったく別の人生となるはずだ。それほどに彼の小説は素晴らしく、強烈だ。読み終わった後、誰もが「やれやれ」とつぶやくはずだし、缶ビールを飲む時には心の中で「僕はとりあえず缶ビールを飲んだ」と唱えるはず。
僕が村上春樹の小説を初めて読んだのは、25歳位の時ではないかと思う。それまで日本の現代作家は、限られた作家以外はあまり読んだことがなかった。それで村上春樹か、村上龍か、どっちか読んでみようと不意に思い、僕が初めに選んだのは村上龍の方だった。なんとなく春樹の方は、流行作家の象徴に思えて、僕の性格上の流れから敬遠した。そうして読んだ村上龍の感想は・・・面白かった。「共生虫」と「希望の国エクソダス」と題名は忘れてしまったがもう一冊くらい読んだ。それで、これだけ面白いし、もう一人の村上もとりあえず読んでみるか、的なノリで村上春樹の「スプートニクの恋人」を読んだわけ。来ましたね、満塁逆転サヨナラホームラン、僕は完全にカッ飛ばされました。読みながら心の皮膚が脱皮していくのを感じた。心ばかりではなく、この肉体も脱皮していくような錯覚に襲われた。僕は新しい僕になった、たった一冊の本との出会いで。
その後村上春樹の小説を読み漁った。確か「風の歌を聴け」から順番に読んで行ったと思う。だから多分一冊読んだ時点で、彼の小説は全部読破するつもりだったんだろう。「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」「ノルウェイの森」「ダンスダンスダンス」「国境の南、太陽の西」「ねじまき鳥クロニクル」もろもろ。そうこうしている内に「海辺のカフカ」が発売され、僕の日々は村上春樹リズムになって行った。それはとても心地が良かった。
村上春樹の小説は、どのジャンルに属するのか。その問いには村上自身が答えている「総合小説」であると。純文学もエンターテーメントもサスペンスもミステリーも恋愛小説の要素も、すべて含んだ総合小説であると。それを聞いてまるで総合格闘技みたいだな、と思った。時代がそれを求めているのかもしれない、どんな分野においても。
僕の好きな爆笑の太田は、村上春樹の小説は嫌いだと言っている。そもそもあんな会話は(小説の中の)不自然だと。それでも「羊をめぐる冒険」までは良かったと語った。「ノルウェイの森」なんかぜんぜんつまらないらしい。
ところでこの「ノルウェイの森」、映画化もされて話題にもなったが、村上春樹曰く「100パーセントの恋愛小説」とのこと。総合格闘家が、空手の大会に出た感じか。
とまぁ、村上春樹の小説を読んだことがないということは最も不幸なことのうちの一つ、と僕は重ねて言います。捻くれ者の僕にここまで言わせるのだから、まだ読んでいないという不幸な人は彼の小説を一度読んでみる価値ありと思いますよ。最初に読むなら僕のように「スプートニクの恋人」か、もしくは「国境の南、太陽の西」なんかが良いかもです。