僕の町のジャイアン

ジャイアンの名前は剛。だが妹のジャイコの名前は明かされていない。これは作者が、ジャイコの名前を明かした時に、学校で同じ名前の子が苛められないかと配慮したためと言われている。
それにしてもどこの町にもジャイアンがいたものだが、今もそういうのいるのかな?中学生の姪っ子に聞いても、男の子同士の殴り合いとかもないっていうし、タバコ吸う子もいないとか。まぁタバコはいけないだろうけど、男の子だったら一度くらいの喧嘩はねぇ、なんて僕なんかは思うのだが、ホントないらしい。
僕の町のジャイアンはとにかく喧嘩が強かった。六年生で170センチに達し、運動神経抜群、百メートルも13秒台で走ったし、所属していた野球部でも剛速球は有名で、ライバルチームはジャイアン対策に中学生ピッチャーに練習をつけて貰っていたとか。そんな体を持って喧嘩が弱い分けがないが、真のジャイアンたる理由はそんなことではなく、とにかくワガママだったことだ。ファミコンを一緒にやっていても、気ままにリッセトボタンを押してくれたし、ファミカセ貸せば返ってこない、中古ショップで換金して、お前のものは俺のもの俺のものも俺のものを実践し続けるまさにジャイアン。喧嘩については打ちのめした相手に唾を吐きかけ、その唾の上から顔を踏みつけた。今だったら教育委員会ヨロシク、小学生にして停学もあったんじゃないだろうか。ってかもっとスゴイ話。彼は小学一年生か二年生の時に、ポテチを食べながらコーラを飲んで、ファミコンやりながら、なんとタバコを吸っていた。こりゃ間違いなく停学でしょ。高校生でも停学なんだから、保護観察処分でもいいくらいだ。そう言えば僕の家に遊びに来たジャイアン、あまりうるさい為、僕の兄貴に家の柱に縛り付けられたこともあったなぁ。ちなみに、僕の兄貴はその五代前のジャイアンです。
そんな彼がジャイアンを急にやめたのは、中学に上がって少ししてのことだった(それはジャイアンからの引退なのか、ジャイアンからの卒業なのか、はたまた成長であったのか)。少しずつ模範生への道を歩き出し、学校祭に燃えだし、中学三年では副会長とかだったような。どんな悪ガキになるのだろうかと期待半分不安半分で思っていた僕は、少しだけホッとし少しだけガッカリしたものだった。
高校に上がり、野球部に忙しい彼と、帰宅部の僕は前ほどは遊ばなく(遊べなく)なったが、それでも影ながら僕は彼の野球を応援していた。彼が三年生最後の夏、秋田県予選で優勝候補筆頭チームとの対戦となった。相手チームにはプロ注目のピッチャーがおり(のちに巨人にいってますね)、ジャイアンはうちの学校のエースとしてそいつと投げ合った。僕は学校をふけて、家に帰り、テレビ中継を見ていた。少しすると僕の後を追うようにして学校をふけたモーリススミスよりも黒い友達が来て、一緒に並んで見た。「頑張れジャイアン」と僕は心の中で念じていたが、モーリススミスよりも黒い友達もどうやら同じように念じているようだったが、お互い照れからか想いを口にすることはなく無口のままだった。結局試合は負けてしまったが、ジャイアンはプロ注目投手から意地のヒットを放った、転んでもジャイアンと言ったところか。
四月にジャイアンと少しだけ遊んだが、彼を見ていて思うことは、彼は結局はあの頃のままだなぁと(ジャイアンへの帰還?)、そして僕は大分変ってしまったようだ。そしてあの頃のままでいられる彼が特殊なのかもとも。僕は大分大人になったし(それはもしかしたら荒廃的な意味かもしれない)、彼は童心の日々を生きているようにも見えた。もちろん、社会人として自分の足で立っているからの童心だ。それは進化したジャイアンかも(笑)。

追伸・姪っ子の800メートルは六月上旬です。ただ残念なことに足関節を痛めてしまった模様。記録更新ともなれば、松組の一番速かった色白のビックガールより20秒は速く走ることになります。