せめて辻仁成に僕を見つけて欲しかった

僕が東京に少しの間だけ住んでいた頃、辻仁成渋谷公会堂でライブをやるとのことで、例のジャイアンに行かないかと誘われた。もちろん僕は行きたかったけれど、悩んだ挙句、丁重にお断りさせてもらった。辻のライブが見たい。途轍もなく見たい。だが行かなかった、なぜか?。
それは僕の思い描いていた辻との出会いがあったからだ。僕は当時まだ夢見る若者で、本気で自分は辻を越えられると信じていた。
辻は憧れの人だった。まるで辻という宗教にでも入っているかのように。それが宗教と違うのは、宗教は教えに従うが、辻がもし僕の考えと違うことを言えば、僕はそれには従わないというとこだろう・・・・が当時辻と僕の考えが相反することは皆無だった。ブルーハーツが僕の青春ならば、辻は(形容するならばということだが)「青春のあと」といったところか。青春のあとにジワジワ来るもの、青春以上の重さで来る季節だった。色々な場面で僕を励ましてくれた辻。上京をためらう僕に、新聞記事で辻のニューヨーク行きの情報が届いたり、そういった励ましが、まるで神様からのエールであるかのように僕の下によく届いた。そんな兄貴との出会いを、ライブの客として果たしたくはなかった。僕の思い描いていたものはこうだ。
都会の喧騒を歩いている僕。突如向こうから歩いてくる辻が見える。僕は辻を意識しながら、それでも何事もなかったかのように歩いて行き辻とすれ違う。二人はすれ違い数歩ずつ歩んだところで辻が立ち止り、僕も立ち止まる。数瞬あけて辻が振り返り、同じように僕も振り返る。再び数瞬の間、そして辻が呟く。「・・・・・君、スゴイな」
とまぁこんな出会いを夢見ていた分けです。というか当時は絶対にこういう出会いをするだろうと思っていました。