オンザロード10「目指すは半島のてっぺん」

僕には「能登」という変わった名字の友達がいる。性格も少し変っていて、だがまあ今はそれはどうでもいい。彼は長距離トラックのドライバーをやっていて、この旅に関して僕は二つアドバイスを受けていた。一つ目、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋のパーキングには絶対に寄った方が良いということ。橋の上から道は回転しながら、ずっと下まで降りてきて面白い、ということだった。そして二つ目、行くとこ行くとこのご当地グルメを食って歩くべしと。だが残念ながら、僕はそっち方面は皆目興味がなく、即却下だった・・・・ゴメン。
で、その能登君がなんで急に登場したかというと、そう、本日の目的地は石川県能登半島、ということでただ名前がカブる、っていう救いようのない理由です。ただ、そう言った無意味もたまには必要かと。

その日朝一発目に立ち寄ったのは、富山県立近代美術館。開館まではまだ時間があり、僕は車の中でマイケル・ギルモアの「心臓を貫かれて」を読みながら、時を待った。そういえば昨日、カフカの長編三部作の「城」「審判」「アメリカ」をまとめ買いした。この旅のうちに読み終われるかな?。
記憶は曖昧だが、結局美術館には入らなかったように思う。メモ帳にも、開館を待ったとは記されているものの、入った感想などは書かれていない。ただ、入らなかったとして、なぜ入らなかったかは今となっては分からない。
その後ルート160を走り、能登半島へと向かった。海沿いを走る中、不意に現れた絵画達。僕はすぐさまハンドルをきり、その異様な光景へと車を乗り入れる。港のコンクリートに70作ばかりあるだろうか、400メートルほどの距離に跨り、青空の下その存在を光らせている。変わった風景。変わった・・・・めずらしい風景。・・・・ここまで走ってきて思ったこと。どの街も同じように発展していた。しまむらがあり、ダイソーがあり、ツタヤがあり、ツルハドラックがあり、ホーマックがあり、大型のショッピングセンターがある。同じような顔をした人間が、同じような悩みや悲しみ、あるいは楽しみを抱えて生きていた。どこも同じ・・・どこもだ。だからこそめずらしい風景は僕らの心を洗う。もっともっとめずらしい風景に出会うのだ。それが僕の旅の、意義だ。
能登半島を縦断していると、いたるところに「のと」「のと」「のと」の文字。さすがは能登半島
ところで能登島って言うのがあるのを知っている人は少ないのではないだろうか。能登半島は有名、能登島は無名、ではないかな。僕も知らなかったけれども、不意に現れたその入口に、能登島大橋を渡り、僕は能登島へと入った。それにしても素晴らしい風景。しかし見事に何もない。本当に何もない。ド田舎生まれの僕が言うのだから、その何もなさはS級と考えていい。ただ、空と海が堪らなく綺麗だ。それは感動の塊で。
能登島をあとにしてしばらく走り、僕はホームセンターに寄った。車のシートをフラットにしてその上に布団、だがそれでもベットは硬く、昨夜寝付けなかった要因の一つとなっていた。そこで僕はクッションを二つ購入。布団の下に潜り込ませると、ベットはかなり寝心地が良いものとなった。これで今日は快眠できるかな。
ガソリンスタンドに寄ると、若いスタンドマンが話しかけて来た。車の中のベット、そしてナンバープレートを見てのことだろう。僕は「日本を廻るんだ」と答えると、若いスタンドマンは豪く感動した様子で「すごい」を連発していた。僕と彼は同じ人種なんだろうな、なんて彼が嬉しそうなのと同じように僕も嬉しくなった。やぁ、能登半島の兄弟。