オンザロード14「チョット天橋立まで行ってきます」

辞めた会社の、事務員は40代半ばのオバさんだったが、知的な人で感覚も若かった為、話が合った。昔は読書にも精力的だったらしく、おススメの作家は?の問いに「三浦綾子」と答えてくれた。すぐに新潮社の文庫本を買って読んでみた。なるほど確かに、それは良き作家であった。が、僕には少々文章が整い過ぎているように感じられ、逆に読みにくく思えた。ちなみに事務のオバさんは、村上春樹は難しかったと言っていた。
僕が辞める時、事務のオバさんは言った「この旅があなたの夢なんだね」と。それを僕はすぐさま否定。僕は次のように答えた。
「今度の旅は、今夜の晩飯にハンバーガーが食いたいからとチョットマックまでハンバーガーを買いに行くようなもの」。
僕は多分、生や死を思いながらハンバーガーに齧り付くことだろう。

空き地にはもちろん水道はなかった。仕方がないから僕は、コンタクトレンズの保存液で手を洗い、ウーロン茶を利用して歯を磨いた。やっぱり寝床は道の駅にかぎる。
早朝から日本一広い湖まで来た。琵琶湖、それはもう海そのものではないか。広すぎると言うか、でか過ぎるの方が表現があっているか。波もあるし、あちらからソビエト人が泳いできそうな予感もある。日本一の湖。この県の大半を占めるうみ。
そのあとミニストップで小休止。疲れが蓄積されているのか、途轍もない眠気に襲われた。疲れたら休めばいい。そういう旅だ。
風車会館で義経号を見物。少し移動し奉行杉を見て、そして青戸の大橋を渡る。
その日昼食は、どさん娘にて味噌ラーメン。僕はラーメンは常に味噌味。ただ、いつも思うのだが、飲食店で一人で食べても美味しくない。
そして京都入り。高校の修学旅行で一度訪れたことがあるが、その時は京都府の南の方への旅行だった。そして僕が今来たのは、京都府の北側だ。軍艦とかが景色として普通にある、どうやら軍事の街であるらしい。南側とは、別の顔を持つようだ。
天へと上る橋が倒れて地上の橋となった。ここは天橋立日本三景の一つだ。もう二つは宮城の松島と、広島の宮島。松島は小学校の修学旅行で行ったことがあるので、日本三景制覇まではあと一つ。この頃から、日本三なんちゃらシリーズを意識するようになった。例えば日本三名城。例えば日本三奇矯。それらを制覇してやろうと。天橋立のおとぎの国のような眺めを見ながら、そんな想いにかられていた。